他人ありきの幸せは、いつまでも不足状態を招く
他人ありきの幸せ(他人に何かしてもらうことで得る幸福感)は、寿命を全うしようかという時に、「自分の人生はいったい誰のために生きたんだろう?」と思ってしまうだろうと思います。
そのくらい、本来人生は自分が主体であることが自然で、満たされることなんですよね。
褒めてもらうための行動
認めてもらうことが動機
良く思われたいための達成
こういったことは、短期的には自分を奮い立たせて行動させる力になるかもしれませんが、ずっとそういう使い方をしていると、いつの間にかそちらが主導権を握ってしまいかねません。
他人ありきなので、「常に」「思ったように」得ることは難しく、大きな葛藤を生み出し、不足感が付きまといます。
他人ありきでしか摂取出来ないので、得るためにする行動が多くなって、自分軸が頻繁にブレてしまい、精神的にも不安定になりやすいです。
不足→もらいにいく→一時満たさせたように感じる→また不足→
とエンドレスになります。
生まれたときから周りも世の中もそうだったから、疑うことなく使っていたけど、それが苦しくなったり、悩みにいつも絡んでくるなんて時は、手放しを考えるといいかもかもしれません。
他人ありきの幸せを手放して生きていっても大丈夫だけど、そんなことしたことがないという人にとっては、そうやって生きるなんてちょっとこわいことに思えるかもしれません。
(「こわい」という感情でなければ、「そんなの無理」「自分だけ置いて行かれるんじゃないか」といった抵抗感かもしれません)
だから変わりたくてもなかなか変われない、ということが多くの人において起こり、同じ繰り返しになっていくのです。
(人は変化を恐れるものなので)
本来、自分軸がある程度あれば、他人からの評価は無くても大丈夫なものなんです。
まずは自分を愛すること。
すると軸が見えてくると思います。
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かつては私も、今が辛いという方を「何とか変えてあげる手助けをしなきゃ」と強く思っていたのですが、だんだん私自身も変容しまして、
「手放しても手放さなくても、変容を試みてもみなくても、そうしてもしなくても、自分がしたいようにすれば、本当はどちらでもかまわない。全部本人の希望次第。
でも辛さを感じているなら、今の自分と違うところを選んでみるのもいいんじゃないかと提案したい。その手助けを私に頼んでくれたら喜んでお手伝いしたいし、誠実にやる」
と、そのようなくらいに思うのです。
(それが私にとって自然なことなのです)
とは言え、不足状態のエンドレスはPMS・PMDDの精神症状にも関わるのではと思うので、こういった形でなにか気づきのきっかけになれば、と書いています。
なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、もう少しお付き合い下さるとありがたいです。
※たまにある事例と注意点
●自分が求めた人からのアドバイスがあっても、それを受け取って採用し続けるか、「でも、でも」と言って取り入れないかは自分次第。
一回をちゃんと受け取れず、いろんな人に聞きに行ってしまう場合もあります。
自分で欲しい内容を決めてしまっていると、それ以外のアドバイスは受け取りにくくなっていて、えり好みしてしまい、芯の部分を逃してしまったり、方々に聞きに行った全部のメソッドが中途半端になることがあります。
(とてももったいないです)
受け取れないのにいろんなところに聞きに行ってしまう場合は、自分は実は自分で決めたようにやらないと気が済まないんだと認め、人にアドバイスをもらうのをちょっとやめて自力でやってみるといいです。
自力でやってみて、やっぱりだめで助けが欲しい時に、やっと感謝の気持ちで必要な部分を素直に受け取ることが出来てきます。
実はこの例、他人ありきの行動なんです。
自分が持っている思いは強いけど、“他人に肯定して強化してもらわないと”いまいち自信が持てないので、ぴったりはまる“他人のアドバイス”と“自分の感情”のパズルが完成するまでもらいに行き続ける、というような感じです。
我(エゴ)は強いけど、自分軸は弱い状態です。
●なにかの改善を焦っている場合、空回りしてしまうことがあるので、欲張りすぎず自分のキャパシティを認め、一つ一つのメソッドを出来ることから取り組んで少しずつクリアしていくのがおすすめです。
まずは基本的な、自分をしっかり愛することから始めるといいかもしれません。
「すべて最適に行われている」と、自分を無条件に信じることも大切です。
どんなことも基礎や土台は地味で退屈に感じるかもしれませんが、とってもとっても大事なんです!
今回は特にまとまりがありませんでしたが、読んで下さりありがとうございます。
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