「こんな自分になりたい」と意図すると、それに持っていくための現実が起こる
例えば、「どんな時も動揺しない、頼れる強い自分になりたい(今の自分がそうではないから)」と意図した人がいたとします。
その後どんな現実がその人に起こってくるかというと、その人が今どんなスペックかにもよるので、ほんの一例なんですが(これによって起こってくることが全然違います)
動揺するような出来事
メンタルを強化される出来事
などだと思います。
意図したことが叶うための現実が起こり、発揮されるための舞台が出来るんです。
<どうです?準備しました。さあ、発揮なさい!>みたいな感じに用意されます。
そして、その人がそういった出来事に対し、大変さはあるけれどやりがいを感じ、強くなっていったと感じていたら、その意図は芯を突いたものだったということになります。
しかし、その出来事に、
「どうしてこうなるの!?」
「だから、こんな時に動揺しない強い自分になりたいんだってば!」
「ああ、やっぱり自分はだめだな」
と辛く感じていたら、その意図は本当の願いとはズレていたということになります。
つまり、今の自分の本音を深く知っていなかった、ということです。
大抵の場合、こういう人は、なりたい自分に今すぐなることを焦っていますし、途中は苦痛だから経験したくないと思っていて、いきなり「出来ない」→「出来る」を望みます。
後者の場合はこうだったかもしれません。
「自分は、何にも動揺しないように強くなりたいけれど、今の自分はそうじゃない」
→理想になれない自分は自分自身が認められない。ダメだ。
→だから理想を目指さなきゃ (?) <←なぜ?を深掘りしていない>
ここで私が思うのは、「今のそうじゃない自分では何故だめなのか?」ということです。
人は、自分じゃないものにはなれないんです。
自分以外の者にはならなくていいんです。
まずは、「自分は自分なんだ。今の自分を認めるのは自分だ。これからも自分を愛し、大事にしたり、褒めたり、寄り添うのは自分なんだ」と、ある意味諦めることが良いかもしれません。
そしてこれが出来ると先ほどの例はどうなるかというと、そもそも「どんな時も動揺しない、頼れる強い自分になりたい(今の自分がそうではないから)」と意図すらしなくなります。
今の自分のどんな部分にもダメ出しをしていないのです。
どんな自分も受け入れ、直したり改善したい部分があったとしても、今がダメだからではなく、「大切な自分を、こんなふうにしてあげたいから」という理由で行動できるようになります。
だから自然と無理のない努力というか練習というか、そういったものを不思議と続けられるようになったりします。
自分を深く知り、一番に愛することって、なんにでも良い変化をもたらしてくれるんです。
※少し前から、義理の両親の介護をしていまして、更新が今までよりもランダムになるかもしれませんが、ブログは続けています。皆様にとって、ピンとくるタイトルなどありましたら幸いです。
今回も読んで下さり、ありがとうございます。
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